2011.12.10 ~ 12.16 / MOVIE ARTIST PROFILE

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バンクシー/BANKSY

イギリス、ブリストル出身のストリート・アーティスト。
「BANKSY」という名前以外のプロフィールやその姿を一切世間に明かしておらず、主にステンシルを使った作品をゲリラ的に描くことで知られている。
パリス・ヒルトンのデビューアルバムの偽物を勝手に店頭に陳列したり、「狩りに行く古代人」と題してショッピングカートを押す古代人が描かれた石を大英博物館にゲリラ展示(後に、博物館はバンクシーの作品を正式なコレクションに追加した)したりして話題になった。
しかし、イスラエルとパレスチナを分離する壁に平和の願いを込めた作品を残すなどの活動も行っており、ストリートアート・ファンだけでなく、多くの人から絶大な支持を得ている。
2009 年にはブリストル市立美術館で(公式に!)展覧会を開催。
のべ30 万人もの人が来場した。作品には数千万円の値がつき、ブラッド・ピットやアンジェリーナ・ジョリー、キアヌ・リーブス、ジュード・ロウ、クリスティーナ・アギレラなどのセレブも彼のファンだという。

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INTERVIEW
フランス版公式サイトより

映画について語っていただくあなたはバンクシーさんご本人ですよね?インタビュアーが偽者に騙されるという話も聞きますが…。

偽者か…。それも悪くはないけど、僕は複数存在するわけではないから、偽者だろうと何だろうと何者かに「なる」ということはたやすくないよ。それから僕は自分の映画をきちんと受け止めてもらいたいと思っているのと反面、あまり多くは語りたくないんだ。オチを明かして台無しにしたくもないからね。かと言って白紙のものを発表して、観客がそこに好き勝手絵を描くわけにもいかないし。


あなたの顔写真がメディアに公表されて以来、街で気づかれたことはありますか?

二、三年前にある男がバンクシーを名乗ってショアディッチのクラブにただで入ろうとしたんだけど、それがバレた途端にグラフィティ・アーティストたち全員に外に放り出された。いずれにしても巷に流出した僕の顔写真についてその都度コメントする気はないね。
母親は僕がバンクシーだということを知ったとき、「まったくあなたにはがっかりしたわ」って言ったんだ。何故かときいてみたら、こう答えた。「あなたがグラフィティ・アーティストなら、家の前にいつも駐車してあるバンにどうして落書きしないの?」ってね。


あなたはどのような教育を受けたのですか?

学校では絵を描いていたけど、美術の専門学校に通ったことはない。
家には有名画家の作品のコレクションがあるけど、それらは全て贋物なんだ。僕自身が描いたものだからね。僕は気に入った作品があったら、写真に撮ったものを拡大し、そこから複製を制作するんだ。たまに部屋のカーテンに合わせて色を変えてみたりもする。有名画家の作品を購入する金がないからということもあるけど、もし本物のバスキアやピカソが部屋に飾ってあったら、家から一歩も出ることができないだろ!


ご自身の名声にどう向き合っていますか?

メディアに晒されているというのはとてもつらいことだよ。精神的なたくましさが必要だ。人の意見にいちいち左右されないための硬い殻で自分を守らないとだめだ。中国の諺にこういうのがある。「甲冑の中で眠る者に休息はない」(*枕戈寝甲/戈を枕とし甲冑の中に寝る)僕が自己の作者不明性に対してここまでこだわるのに、どうして雑誌で6 ページの取材を受けるか不思議だろ?それは僕の偽善がノーベル賞ものだからさ。


なぜ映画を撮ろうと?

アート制作を通した表現性と、それによってもたらされる身体感覚について言及する映画を撮ることはとても困難な作業だ。だからそれを試そうとすら思わなかったよ。そのかわりに僕らの映画はとてもシンプルな語り口で人生について、欲について、そして根拠のないヴァンダリズム(破壊行為)について描いている。すべては真実さ。特に皆が、自分が自分以上の存在であることを偽っている場面についてはね!
最初は『クソのような作品をバカに売りつける方法』というタイトルにしたかったんだ。配給会社はそれを了承したんけど、そのかわりに決してこの映画がドキュメンタリーだと言ってはだめだという。
そもそも映画を撮ろうとしていたわけではないけど、最終的には他に選択の余地がなかった。実はグエッタが僕のことを撮影し始めてから数ヶ月後に、僕はあることに気づいたんだ。それは、彼と街へ繰り出した後に家に帰ると、僕の話題の中心は決まってグエッタだったんだ。例えば橋を渡ったり、誰かが僕らの行動に気づいて追いかけてきたりしても、そんなことはどうでもよくて、僕のことを撮影していた気の狂ったあいつがしでかした些細な出来事でいつも爆笑してたんだよ。だから彼にカメラを向けようと考えたのは当然のことさ。
これは興味深い映画だと思うんだけど、観客にはあまり変な期待を持たないでもらいたいな。『アバター』のグラフィティ版っていうわけではないからね!


この映画の狙いは?

映画『ベスト・キッド』が格闘技の世界にもたらしたような影響力を持ってほしいと思う。つまり世界中の子どもたちがスプレー缶を手にとって、次は自分の番だって思ってもらいたい。でも最終的には、この映画はストリート・アーティストたちにとって、水上スキーを楽しむ人々を脅かした『ジョーズ』のような存在になると思う。『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は別に悪ふざけなんかじゃない。最も誠実な映画の一例だと思っている。進行表があったわけでもシナリオがあったわけでもない。
撮影の過程で僕たちは映画を撮っていたことに気づいたんだ


グラフィティという手段を用いて表現活動をおこなうのはなぜですか?

人々は革命を呼びかけるための、あるいは反戦を訴えるための手段としてグラフィティを用いてきた。そして多くの場合、それは発言力を持たない者たちの声を代弁するものとなる。何の手段も持たない時に表現を可能にしてくれる稀なツール、それがグラフィティなんだ。まあ、世界の貧困を食い止めるためのメッセージが描けなくとも、少なくとも壁に向かって立小便している奴をニコリとさせてやることはできるぜ!
僕はぜひみんなにグラフィティをやることを勧めたい。町を隅々まで歩いて、どうやったらそのどこかにちょっとした変化を加えることができるかを模索することはとても楽しいことだ。もし君たちにとって美術館が退屈な場所だとしたら、自分が描いた作品をコートに隠して持ち込み、こっそりと展示してみるというのはどうだい!


あなたは自分の作品が保管されることを望んでいますか?

自分の車に落書きされたり、ノートを汚されたりすることに耐えられないような人間だったら趣味としてグラフィティはお勧めできないね!
僕の作品が後世に受け継がれるかどうか、現時点ではなんとも言えない。
ニューオリンズでの出来事だけど、車の部品や汚れたマットレスなんかがそこら中に散乱している通りに面した、廃墟と化した店の正面にペイントしたことがあった。ところが二時間後には僕の「作品」は消されていたんだよ!実はその店はディーラーたちの隠れ家になっていて、家主は人目を引くようなことをしてほしくなかったんだ。
ただ一つだけ言えることは、もし作品を制作している途中で誰かに中断されたとしたら、たとえそれがいまいちの出来だとしても、その作品を欲しがる奴がいて、大事にされるだろうということ。そして数ヵ月後、その作品はきっとサザビーズの会場で、白い手袋をはめたやつらがものものしく運び込むのさ。


ストリート・アーティストの作品がギャラリーに展示されることについてどう思いますか?

リビングやダイニングに飾られることがストリート・アートの宿命だとは思わない。動物が飼いならされると、いずれ野生を失い、たるんで無気力になるだろ。だからライターたちの作品はおそらく街中にとどめておくべきなんだ。部屋でペットを飼いたいというやつにとっては残念かもしれないけど…。
きれいな部屋で紅茶をすすりながら眺めるグラフィティからはアドレナリンが湧き出る感覚は得られないだろ!
壁に書かれた作品を盗むやつらもいるけど、彼らには驚かされるよ。本当に僕が描いた作品だということを保障する証明書が欲しいって言うんだ。それってつまり、僕が他人の財産を損壊したことを認める供述書のことだよね!


なぜストリートでグラフィティの発表を続けるのですか?

それは美術館なんかよりも河川敷のほうが空間として興味深いからさ。それにギャラリーや美術館だとレンブラントのような有名画家と比べられてしまうけど、ストリートなら比較の対象はゴミ箱だったりするだろ!肥満体のやつらと付き合えば、自分が痩せてるんじゃないかって思えてくるのと同じさ。


作品が売れてお金持ちになりましたか?

周りが思っているほど儲かってないよ。商業的なギャラリーで僕の作品の展示会が開催されても僕にはまったく関係ないんだ。T シャツにせよ、マグカップにせよ、絵葉書にせよ、僕には一銭も入ってこない。
弁護士は僕のことを、現存する作家の中で今、最も模倣されているアーティストだと言う。だからそれに抵抗すべきだと。でも僕は少なからず作品を通じて、所有権という概念について懐疑的な眼差しを向けてきたつもりだから、そんな僕が所有権をめぐって誰かを攻撃するのはおかしいだろ!
サンダンス国際映画祭に行ったとき、街を探索してグラフィティを描こうと思って現地でミニバンを借りたんだ。友人と二人で一週間キャンプ場にとめた車で寝泊りしてさ。雪が降り積もる中、野犬が集まってきたり、小さな電気ストーブで暖をとったり、折りたたみ式のベッドの上で鉛筆を削ったりという生活。そこら中が犬の糞でさ。その一週間後、地元紙が僕のことを取り上げたんだよ。「恐るべきマーケティング戦略」だって…。


あなたの作品に商業的な価値がつけられていることについて、どのようにお考えですか?贅沢品として売買されることはあなたにとって問題ですか?

僕の弁護士が言うには、建造物に対するヴァンダリズムによって僕が警察に訴えられることはほとんどないという。なぜなら、彼の理屈では僕の作品によって建造物の価値は下がるというよりもむしろ上がるはずだからだ。ちなみにこの弁護士は、アメコミのスーパーヒーロー柄のネクタイを好むようなやつだけどね!


アート業界についてどのようにお考えですか?

しばらくは大規模な個展を開く予定はない。ものすごくリスクが高すぎるから。
作品の「知名度」というやつが高くなり、ただのヴァンダリズムとして見なされなくなってきた頃から、僕は多くのごろつきに出会った。アート業界にはうさんくさいやつが大勢いて、皆の目をくらませようと常に企んでいるんだ。グラフィティに反対する団体の人たちは、タグが人を不快な気持ちにさせると言うけれど、現代アートほどではないよね!明らかに現代アートというものは意図的に、それを鑑賞する一般の人が、(それを理解できない)自分のことを能無しだと思うように仕掛けているからね。
僕自身いわゆる、より「オフィシャル」な作品に取り組んでみるというのも悪くはないけど、建物のひさしによじ登るほうが、審査委員会に企画のプレゼンをおこなうよりも簡単だからね!


今後のプロジェクトについて教えてください。

いい質問だね。人類は夢遊病者のように、この世の終末に向かっている、そんなテーマを巨大な壁面に描こうという構想があった。気づいたらパブでフライドポテトを食ってたけどね。


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Painting The Elephant - グラフィティ/ストリート・アートとバンクシーについて


バンクシーは匿名のグラフィティ/ストリート・アートのアーティストです。生年は1974 年だと言われていますが、正確には知られておりません。その作品はアート・オークションでストリート・アートとしては大変高額で取引されております。また、正体不明である、作品が高額である、ということがエスカレートして、最近では“バンクシーの正体”なる“手に触れられない”アイテムが、eBay のオークションにかけられました。
みなさんはグラフィティという言葉はご存知でしょう。グラフィティは英語で落書き/掻き文字、という意味です。しかし、現在カタカナで「グラフィティ」と表記された場合、1960 年代後半からアメリカ合衆国、最初にフィラデルフィア、そして次に/また主に、ニューヨークのものとして知られるようになった特定のスタイルの“落書き”を指すといっていいでしょう。
このグラフィティが以前の落書きと区別されるのには、幾つかの共通した特徴によります。それらは1.当時の主な書き手が10代の子供であった 2. 書く際に使うメディアとして、マジック・マーカーとスプレイ缶が使われた 3.自分のニック・ネームと住んでいる通りの番号が描かれた といったところでしょうか。この3つの特徴に追記をします。まず、こうした子供たちは裕福な家庭の出身だったわけではありません。彼らをいわゆる“ゲットー”の出身として、“グラフィティ”を“システム”への“反抗”の手段として看做す、つまりはカテゴライズしてそれで終わらせるのも、グラフィティを考察する人間として一面的な見方だと思いますし考えが十分ではないと思います。しかし、彼らが裕福な家庭の子供たちではなかった、というのは見過ごされてはならない。なぜなら、後述するように、 後に世界中にグラフィティは散じていったわけです。当時のニューヨークのストリート・ギャングの隆盛から距離を置くために、放課後の活動として子供たちが作り出し選びとっていったものが今や世界中の都市に見ることができます。このことはきわめて20世紀後半以降、メディアの時代の出来事であり、グラフィティはこうしたメディアのアーキテクチャーの上に編成されたものでもあります。さて、彼らが使うマーカーとスプレイ缶ですが、これらはグラフィティの視覚的な側面での美学を特徴づけると同時に、そのパフォーマティヴな側面、つまりはアクション/ムーヴメント、そして身体性との関連の中でのグラフィティを位置づけるのに重要な役割を果たします。また、こうしたマーカーやスプレイ缶が盗品であった、であらねばならなかった、というゲームのルールがグラフィティのライター間に存在したことからも、グラフィティを考えるにあたってはヴァンダリズムの問題は無視できません。ニックネームと自身の住所の番号が描かれた事実は、テリトリー・マークとしてグラフィティが使われたということ、及びグラフィティと抽象的な表現や巨大な写真のプリントまでが使われる現在の(より広範囲に渡る街角でのアートの呼称)ストリート・アートとの違いを指し示します。
1980 年代にはグラフィティを巡って大きな2つの出来事が起こります。ひとつは、グラフィティを美術、コンテンポラリー・アートとして扱おうという態度の実践が盛んになったということです。この文章がみなさんの目に触れている頃MOCA で行なわれている大規模な展覧会「ART IN THE STREETS」の先駆はこの時代に現れたのです。もうひとつは、映画や写真集、雑誌に取り上げられることによるグラフィティの世界的な伝播です。
日本やシンガポールは世界の中ではやや例外的な存在で、北アメリカやヨーロッパはもちろんのこと、南アメリカ、東欧、世界中の都市には1980 年代以降、莫大な量のグラフィティが出現したのです。バンクシーは80年代後半から90 年代、イングランドはブリストルという都市からその活動を開始しました。ブリストルは港町で、人種のミックスがあり、また1990 年代にはマッシヴ・アタックやポーティス・ヘッド、ロニ・サイズといったポップ音楽アクトを生んだことでも有名です。
バンクシーは当初こうしたブリストルの文化シーンの一翼として、またその中で名前をスプレイするだけでなくステンシルを使った作風の視覚的な面からもとりわけ注目されたわけです。ステンシルは先ほどから述べている所謂グラフィティ以前から、政治的な声明、それに揶揄や冗談を街に残そうする人々に使われておりました。その優れた点は比較的複雑な図案をスプレイにより短い時間の間に壁に残せることで、このことはテリトリー・マーキングとしてのグラフィティ行為としてもバンクシーのアクション及び視覚作品が規範に沿っていることを示します。しかし、バンクシーが注目されたのは、ブリストルという街のグラフィティ・ライターとしてではなく、2000 年以降、ギャラリーやその他の場に於いてサイト・スペシフィシティやアクション性を十分に意識した作品を発表するようになってからです。この時期初期、モネの「睡蓮の池」やエドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス」をもじった作品が発表されていますが、美術への言及はバンクシーの後の美術館を使った行為としての作品とまっすぐ結びついています。
そしてバンクシーの名前がグラフィティやストリート・アートの愛好家だけに限定されなくなったのは、2005年、9 つのイメージがイスラエルのウェストバンクの壁というグラフィティ/ストリート・アートの従来の理解を超えた場に描かれ、また同じ年の9月にLA の倉庫で 生きた象にペイントしたインスタレーションを含むショウが鳴り物入りで始まった辺りか、と思われます。これらは、表層的なスタントとして捉えることも可能であると同時に、パフォーマティヴなインスタレーションとしても、都市、空間、(社会)行為、などと関連したコンテクストから理解できます。例えば、LA でのショウ『Barely Legal』での生きた象に壁紙の模様をペイントしたインスタレーションは、題名を”Elephant in a room”といいます。これは“無視される明らかな真実”という英語の表現ですが、すぐに思いつくのは多分、匿名/正体不明のバンクシーがレセプションにいるであろうこと、そのことを示しているのだろう、ということです。しかし、LA の倉庫の一角のわざとらしく欧風な居間(ソファには女性が座っています)の壁紙を見るだけではなく、その壁紙が生きた象の躯まで侵出するのを見るとき、それは過去のイングランドの植民地の風景の一部としての象、例えば、ジョージ・オーウェルがエッセイ“Shooting an Elephant”で書いたような挿話、彼が嫌々ながらビルマ滞在時代に象を撃った挿話から思い起こされるような、固有なコンテクストを運ぶ象が現出するのではないでしょうか。
バンクシーの活動の場は、サイバースペースにも広がります。冒頭に記したeBay のオークションはサイト側からオークション自体が取下げられ、はっきりしなかったこともあり、バンクシー自身が行なったのではないかという受けとめ方もあるようです。また、人気アニメ「シンプソンズ」の画面にバンクシーが侵入した数分のムーヴィがネットにはアップされています。私は視覚的な面と同時にそのパフォーマティヴな性質、サイト・スペシフィシティ、コンセプチュアライゼーションから、バンクシーの作品が重要だと考えています。

<注釈>
*ヴァンダリズム→破壊行為
*MOCA | The Museum of Contemporary Art, Los Angeles
「ART IN THE STREETS」 04.17.11 - 08.08.11
*サイト・スペシフィシティ→場所の固有性
荏開津 広(えがいつ ひろし)
執筆/翻訳 多摩美術大学/東京藝術大学非常勤講師
翻訳書「サウンド・アート」(フィルム・アート社)(木幡和枝との共訳)、ペーパー「Attempt To Reconfigure
“Post Graffiti”」。著書「人々の音楽のために」(Edition OK FRED )、「離散としてのグラフィティ」(近刊予定)。

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  by 20plus | 2011-12-10 18:24 | ■ GUEST | Comments(0)

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